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新聞の記事より
以前、ふう~んと思った記事ですと紹介したのです。
MSN-Mainichi INTERACTIVE こころの世紀 第35回国家と教育 精神科医・斎藤学
より

高校生の履修単位不足について、
「何でこの時期になってこれを持ち出したのかと疑うべきだろう。」
と書いている。
そして、「いじめ自殺」の問題について
「教育現場は文科省官僚の顔色を読むしかないからうそを重ねるのだ。」
とある。

高校生の履修単位不足については???と思っていた。
ほぼ、暗黙の了解のもとでしていたこと(多分)なのに
なぜ今になって?
最後まで嘘を言っていた学校の校長は委員会との結びつきが強かったからとも聞く。
(委員会のお偉いさんが前はそこの校長だったとか)
で、「いじめ自殺」問題
実際、校長、教委など、文部省の言いなりだろう。
文科省官僚が一言言ったたことが、教師のところへは十くらいになって伝わる…
文科省は、そりゃ「ああしろこうしろ。」というだけなのだから楽だろうなと…
ゆとり教育のときもそうでしたね。
で、今は「見直し」とか言っている。

「公教育」の本質をこう書いていた。
日本でも維新後5年も経たない1872年に学制頒布という形で、皇軍兵士養成の制度が作られた。そういうわけだから公教育とはもともと官僚支配が最も厳しく適用される領域なのである。日本の場合、1945年の敗戦を機に「軍隊を廃する」という大冒険に踏み出したわけだが、公教育の方は戦争遂行のための40年体制(国家総動員体制)は残したままで、マスコミの姿勢に見られるように人々は決してこれを怪しまない。

で、最後にこう書いてあった。
日本の社会にはさまざまなところに「一億総動員体制」の残りかすが見られるが、それは偶然そうなったわけでも国民がそう望んだからでもない。「戦う日本」のリーダー役を務めた一人の官僚とその徒党たちの意図による。この元官僚は「満州国は私が作った」と言ったそうで、戦時内閣の商工大臣を務めながら、不思議なことに早々と巣鴨プリズンから釈放されて政治家になった。当時のアメリカの意向にそって日本軍の再建を目指し、その過程で官僚独裁制の温存に努めた。彼は作ったが壊れた満州国への夢を戦後日本に実現させたのだ。今の私たちは、この人、岸信介の孫を首相に据えている。その孫は祖父の信奉者であるというから、彼が「愛国心教育」に熱心であることの意味は重い。

先日の新聞に
「美しい国・日本」という言葉に戦時中を思わせるという話があった。
日本は今どっちへ向いて行っているのでしょうか。
もう一回仲間にするとかせんとかもめている場合じゃないと思いますがね。
で、どうして、現議員だけ仲間にするの?

つけたし
岸信介をWikipediaしていると
逆コース - Wikipediaという言葉を始めて知りました。
そういや、戦後って、学生時代あんまり勉強しなかったですね。
by maron415 | 2006-12-09 17:59 | ニュース 新聞より
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